本から明日をつくる

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【書評】財政破綻した町、夕張のかつての姿とは~田巻松雄編『夕張は何を語るか―炭鉱(ヤマ)の歴史と人々の暮らし』

本の紹介

今回紹介するのは、田巻松雄編『夕張は何を語るか―炭鉱(ヤマ)の歴史と人々の暮らし』(吉田書店)です。これは今となっては財政破綻した町として有名になった北海道の夕張について書かれた本です。
夕張はかつて炭鉱開発によって発展を遂げた町でしたが、炭鉱の閉山によってさまざまな負の影響がもたらされ、人口流出、そして2006年の財政破綻へとつながります。

 

この本は大きく分けて財政破綻にいたった夕張の経緯を書いた前半と、かつての炭鉱で生きた人々のお話の後半といった構成になっています。

 

財政破綻に至った過程についてよく言われるのが、炭鉱業で栄えた夕張が炭鉱を閉鎖するにあったて観光業にシフトしていこうとする、いわゆる「炭鉱から観光へ」が失敗したという話です。実際にこの本でも今となっては廃墟となったテーマパークの話ものっています。

しかし、もともとは観光はただのテーマパークを目指したのではなく、博物館法に基づく石炭博物館といった石炭の町夕張ならではの開発を目指していたのでした。

 

そもそも明治時代以降石炭採掘で日本のエネルギーを支え、日本の経済発展を陰で支え続けた夕張でしたが、石炭から石油への主要エネルギーの変化といった時代の流れや甚大な被害を引き起こしてしまった炭鉱事故などから、戦後次第に炭鉱の閉山へと追い込まれていきます。

数ある炭鉱でも主要な炭鉱を保持していた北炭は、その閉山における負担を自治体に押し付けます。そして夕張再生の道を探すべく自治体が描き出した石炭博物館を中心とした学術施設としての博物館構想は国の観光産業奨励の圧力の下で単なる観光施設になってしまいます。

こうした、やむをえない外的要因も夕張財政破綻の裏側には隠れている、ということがこの本に書かれていました。

 

後半部分は、実際に炭鉱で働いてた人たちにおこなった聴き取り調査をもとにかつての炭鉱の在り様を描き出しています。今なお夕張やその周辺に暮らす元炭鉱関係者やその家族に聴き取りした時の言葉をそのまま書き起こした文章から読み取れるのは人間味あふれる炭鉱の様子でした。

社宅には風呂はなく、冬は寒さが過酷で、炭鉱に入ったらもしかしたら事故で二度と家族には会えなくなるかもしれない、そんな今からしたら豊かとは言えないような炭鉱の町独特の雰囲気が伝わります。

しかし、そんな環境だったからこそ、家族という枠組みを越え、夕張という一つの共同体として互いに励ましあい助け合って生活していました

例えば家族であるとか関係なく町の人たち全体で子どもをお育て、時には叱り、時には遊んだようです。
そして、炭鉱から帰ってくる夫や父に会い、毎日家族がそろうことができる幸せを噛みしめて一日一日を大切に生きていた、そんな様子が鮮明に描写されています。

 

書評・感想

この本をそもそも読んだのは僕自身がとあるきっかけで実際に夕張を訪れたからでした。

その時に色々感じたことは別に記事に書くとして、この本にも書かれていた石炭博物館を実際に訪れました。そこで初めて、石炭というものがこの日本の発展にどれだけ重要な存在だったのか、そして炭鉱で働くということがいかに過酷だったのか、そういったことを知ったのでした。

今豊かな日本で暮らすことができているのは、こうした人たちの苦労と犠牲があったからだ、そう思うともっと夕張を、炭鉱で生きるということを知らなければならないと思いこの本に行きつきました。

 

この本を読んで感じたことは大きく二つ、前半と後半に一つずつです。

 

前半で感じたことは、国の政策と深くかかわる地域(石炭というエネルギーはまさに国の経済発展のための政策の中心に位置づけられます)は、国の政策の転換に翻弄されて豊かになることもあれば衰退してしまうこともあるのだなあ、ということです。

夕張はまさにその享受者でもあり、被害者でもありました。

実際に現在もエネルギーに関わらず経済的に重要と位置付けられている地域はたくさんあります。もし、そういった地域が時代の流れの中の国策の転換によって不必要とみなされてしまったときどうすればよいのか。

これは現在問題視されている地方過疎化ともつながる部分があるかもしれません。

 

後半で感じたことは、そんな時代の流れに翻弄されながらも、たくましく生きた夕張の人たちへの敬意でした。

鉱夫はいつ死ぬかもわからない、労働環境は過酷、そもそも北海道という寒さと闘わなければならない地に暮らす…

そんな生活はとてもではないけれど僕にはできる気がしません。

それでも人びとは助け合いながら、そのときそのときを懸命に、でも楽しく、生きていきました。

 

そういう事実を知った僕にできることは、知ったということをそれで終わらせ、何も無かったことにしないこと。だからこうして一人でも多くの人にこの事実を知ってもらいたくてこの記事を書きました。

こうした人たちのおかげで今の僕たちの生活が送れている。

それを忘れてはいけないと感じる、そんな一冊でした。