本から明日をつくる

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【書評】現代社会における地位は親から子へと受け継がれるのか、歴史から検証する~グレゴリー・クラーク『格差の世界経済史』①

  

本の紹介

今回紹介するのは、グレゴリー・クラーク著『格差の世界経済史』(日経BP社)です。

 

原題はThe Son Also Arises (子孫はふたたび繫栄する)であり、世代をこえた社会的流動性(ざっくり言うと、世代をへだてたらその家系の社会的な地位はどれだけ変化するのか、ってことです)に注目して、親から子へと社会における地位の継承は遺伝による能力が大きな決定要素なのか、それともによって決定されるのか、という問いを検証していきます。驚くべきことに、社会的地位は継承された将来の能力によって決定される可能性が高い、と述べ、「不平等性と基盤的な社会流動性は相関がない」から社会的地位の見返りを増大させるべきではないとこの本では主張されていました。

 

検証方法としては、に注目して、本来高い、あるいは低い社会的地位にあった姓が、その暗示する地位を失うまでの速さを測ることで世代をこえた社会的流動性を推定していきます。膨大な量の姓に関するデータを集め、その姓が世代をこえてある社会的地位の枠組み内にどれだけ増減するかを分析していくわけです。検証対象は、近世から現代にいたるまでのスウェーデンやアメリカ、イギリス、そして中世のイギリス社会も分析しています。

 

推定の結果、①姓で計測した社会的流動性は従来の計測法による水準よりずっと低い、②資産、教育水準、職業的地位、政治的地位といった社会的地位の様々な尺度において社会的流動性は同様の水準となる、③社会の制度が大きく異なっていても社会的地位の継承率はほぼ一定である、との内容が導かれます。

 

それを各家族の基盤的な社会能力を表すxt+1=bxt+etという一つの方程式(t+1世代、つまり想定している世代の次の世代の各家族の基盤的な社会能力xは、t世代、つまり想定する世代の各家族の社会能力に継続率bを掛け合わせ、ランダム成分eを加えたものとなる。なお、継続率bは一般に0.7~0.8をとる)を導いて社会的流動性の法則を説明していきます。

 

 第一部の最後の7章で社会的地位の継承において重要なのは生来の能力、すなわち遺伝要素か生育環境か、という議論が行われます。そして、従来の経済学とは異なり、遺伝要素が重要であるとの結論を導き、各家族は一連のランダムな偶然の結果としてエリートになると結論付けて第一部は終わります。

 

書評・感想

この本を読んで(これを書いている段階ではまだ第二部の途中までしか読んでいませんが…)、おもしろいと思ったことが二つあります。

 

まず一つ目は、社会におけるステータスって実際のところ親やそれより上の祖先の影響がどれくらい関わっているのかという誰しもが気になるような疑問を、姓に着眼して実証的に検証していることです。検証方法は統計的な知識を使った専門的なところもあるので、難しいやっていう人はそいうところをすっとばしてもいいと思いますが(というか本自体専門書のうえに500ページ以上あるので読破するにはなかなかな体力と知識が必要にはなってきます)、そこから導かれる結果はなかなか目を見張るものがあります。その分析の仕方、検証の着眼点、といったところがとてもおもしろいなと思って読んでいました。

 

そして二つめというのが、まさにその検証結果ですね。

 

第4章において西暦1300年代の中世イングランドについて検証しているのですが、社会的流動性という観点において、中世社会は封建社会・荘園制によって領主や農奴といったような身分の束縛からは抜け出せなかったのに対し、産業革命を経て封建的束縛からの解放がみられていき、一連の政治的改革によって社会的流動性は高まっていく、という従来の通説を姓を用いて検証していきます。もちろんこの通説というのは高校で世界史をやった人ならわかるかもしれませんが、まあその通りでしょってかんじで感覚的にもしっくりはくることなんですよね。

 

しかし、その結果はまさかの現代の米国やスウェーデンの社会的流動性の水準と変わらないというもので、社会的流動性という点において、科学革命や啓蒙運動、産業革命は何も達成していない、と主張されるんですね。世代を下ればどの階層の人も上の層に等しく移動できた、と。この結果には驚かされました。分析方法とかその選定の仕方とかで改善の余地はあるかもしれないんですけど、こうしてデータとして結果がでてきている以上は一定の妥当性を認めざるをえません。

 

結局のところ社会の在り方が根本から変わったところで一定幅においては世代をいくつかこえると地位は上下にかわることもあるんだな、ということですね。ただし、流動性が高いと本書で言っているわけはなく、一定してそこそこの低さを保っているということには注意が必要です(実際社会の地位の上位のなかの更なる上位の人は、しっかりと世代をこえてもその地位は受け継がれているとも言われています)。

 

しかも感覚的には、親の社会的地位が高かったら子供も高くなりやすいのはその養育環境がよくなるからだと思ってましたが・・・まさかの遺伝!!?

ってかんじですね(笑)

 

でも現代の日本で格差問題がとりあげられるときってだいたいシングル・マザーの問題だとか、貧困家庭だとか、親が東大だから中学から東大を目指せる環境の東京の私立中学に入れるだとか、そいう環境要素がやはり強いのではないかという印象がどうしてもしてしまいます。

 

というよりこれはデジタル化だとか、地方の情報・経済格差が進んでいる現代だからこそより問題になってきている気がするので、こうした社会基盤が大きく変わってきている今こそ、この先の未来この本の主張は通じるのか、ということが気になるところですね。

それでも子孫の遺伝とランダムな要素で社会的地位は決まるのか。

社会の変化に注目しながらこれからも考えていきたいと思います。