本から明日をつくる

本と旅が趣味の経済史を学んでる大学院生です。経済、歴史、社会問題からエッセイ、小説まで色んな本読みます!旅の話やその時学んだこととかも色々書いてきます!

【行ってみた】朝は激混み!?チームラボボーダレスは近未来のデジタルアート空間だった!!

突然ですが、チームラボ(Team Lab)をご存知ですか?

最近メディアで話題になっているので聞いたことある、とか知ってる、という人は多いかもしれません。

 

あるいは、

 

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この写真ならばどこかの広告で見た、という人もいるかもしれないですね。

 

ちなみにこの写真はどこかから引用したわけではなく、ぼくがタブレットで撮った写真です。

なんじゃこりゃ?ってかんじですよね。

 

 

チームラボにも豊洲のチームラボプラネットやお台場のチームラボボーダレスがあるのですが、今回紹介するのはお台場のチームラボボーダレスです。

 

このチームラボボーダレスは、520台のコンピュータと470台のプロジェクターを駆使して、地面や壁などにさまざまなアート作品を映し出される近未来立体空間を体験できます。

 

では見どころや行き方などを紹介していきましょう!

今回は写真中心で! 

 

 

見どころ 

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 見どころはなんといっても空間全体で表現するデジタルアート。

 

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あらゆるところに鏡があるので、なかにいると不思議な感覚になります。

 

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おもしろいところのひとつが、時間がたつと映し出される映像が変わったり、別の空間のものと混ざったりするところです。

撮影した角度は異なりますが、上の写真は2枚前の写真と同じ空間です。

 

 

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よく広告で映し出されている場所。

 

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気づけば別のアートが映し出されていました。 

 

 

他にもいくつが部屋があります。

 

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この3枚は全部同じ部屋で撮ったもの。

どれもとても綺麗です。

 

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光の直線が音楽に合わせて動く一面ガラスばりの部屋もあります。

 

 

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見どころの一つがここ、ランプの森。

なんとも幻想的な世界が広がります。

 

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気づけば色が変わったり。

ただ、ここは時間制限があるのでアンラッキーだと色が変わる場面は立ち会えないかも。

 

 

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上に進むと、運動の森という場所になっています。

広い滑り台やトランポリンがあったりして子どもたちには大人気でした。

 

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また、自分で描いた動物が実際に床や壁で動きだすコーナーも!

自分がデザインした動物が動いていたら嬉しいですね!

 

 

行き方

最寄り駅はゆりかもめ青梅駅、あるいはりんかい線東京テレポート駅になります。

どちらも駅から徒歩5分ほど。

 

ただ、問題が二つあります。

まず一つは、朝開店時間に行こうとするとありえないほどの人が並んでいます。

2時間くらい待ったという情報もあるほどです。

 

しかし、同じ日でも午後4時くらいに行くと、まったく並ばずに中に入ることができました!

なので、行くならば夕方になるころに行くことをおすすめします。

 

こんな暑い中ずっと並んでいたら熱中症になってしまいますよね…。

 

 

もう一つの問題はチケットがネットで要予約であるということです!

ちなみに7月のチケットはすでに完売してしまっているので、行きたい方は予約をお早めに!

 

予約は下記HPからすることができます!

ticket.teamlab.art

 

以上いろいろ書きましたが、このような画像や言葉ではチームラボの素晴らしさは1割も伝わっていないと思います。

ぜひ会場に足を運んで体験してみてほしいです!

 

 

 

西日本豪雨にぼくたちができること

先日、水都学という学問があるということを書いて、人類が都市を発展させるうえでどう水と向き合ってきたのかということについて考えてみました。

 

honkaraasuwotukuru.hatenablog.com

 

そもそも水都学について言及したのはは西日本の豪雨に対して、学問からどういうことを考えることができるのかということを考えたかったからであります。

 

しかし、西日本で被害にあわれた地域に対して実際には何かできることはないのか。

このブログとういうネット上の媒体で何かできることはないのか、そう思いました。

 

 

そんなことを考えているとき、ユーチューブでこんな動画を見つけました。

 

youtu.be

 

ユーチューバーの中でも、とくに人気なユーチューバーの一人、ヒカキンです。

彼はチャンネル登録数620万に及んでいて、多くの人々が彼の動画を見ています。

 

そんな彼が、【ヒカキンと一緒に西日本豪雨に募金をしよう】という動画をだしました。

どういう内容かというと、ヒカキンがYahoo!のネット募金を実際に使ってみて、いかに簡単に募金ができるかを伝え、だからこの動画を見ている人も少額でいいから協力していこう、というものです。

 

ちなみに、ヒカキンはこの動画内でさらっと100万円を募金しました・・・。

おそるべし日本屈指のユーチューバー・・・。

 

ということでぼくも実際にやってみました!

 

ヒカキンの動画拡散&実際にこの募金がどれだけ簡単か伝えるために、最後までこの記事を読んで自分もやってみようかな!と思う人が一人でもでていただけたら、と思います!

 

 

Yahoo!ネット募金のやり方
 

 

Yahoo!ネット募金のページはこのリンクからいけます。

 

さて、これを開いてみると、

 

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このようなページがでてきます。

この【寄付する】をクリックすると寄付のページに進めます。

 

Yahoo!アカウントでログインする必要があるので、アカウントを持っていない人はここで新規登録してログインすることになります(新規登録自体は2,3分あればすぐできます)。

 

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ログインして寄付のページにすすむとこのようなページがでてきました。

クレジットカードか、またはたまったT-ポイントからお金を払うことができるようです。

 

 

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そしてここで寄付金を選択します。

100円から100万円まで選べます。

 

あとは規約に同意して、次のページでクレジットカード情報を入力すれば登録完了です。

とても簡単ですよね!

ほんと5分もかかりません。

 

 

さいごに

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ぼくはまだ学生なのでたいした金額はおくれないけれど、それでもまだやらいよりはましだと思って協力させてもらいました。

 

実際にヒカキンも動画で、「この動画を見ている人100万人が100円を募金してくれればそれは大きな力になる。ぼくが募金した100万円よりあなたの100円が大きな力になる」という趣旨のことを言っています。

 

実際にその通りだと思います。

昔は道端でやっている使い道のよくわからにような募金だとかに対してあまりいいイメージを持っていませんでしたが、今はネットも発達して、自分がここなら信用できると思える場所に自分の責任でお金を回すことができるようになってきています。

 

自分が困ったときは誰が助けてくれたように、誰かが困ったときはちょっとでいいから分け与えてあげる。

偽善とかいう人もいるけど、別にそれ以上でもなくそれ以下でもないと思います。

 

一人でも多くの人が、こうした活動によって昔の生活を取り戻せることを願うばかりです。

最後にもう一度、リンク張っておきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

docs-donation.yahoo.co.jp

 

 

 

 

水都学・洪水の歴史から学べること~西日本の大雨の被害を考えるために

今回の西日本の大雨、とんでもない被害になってしまいましたね…。

被害にあわれた方にはどうか少しでも早く日常生活に戻ることができるのを祈るばかりです。

 

さて、今回のような大雨の被害、近年の日本では珍しく感じますが、世界中の歴史という視野で大雨の被害を見たとき、それは何も珍しいものではなくなります。

 

そのような大雨や洪水と人間の関係、もっといえば水と都市との関係を考える学問で水都学というものが存在します。

はじめて聞いた、という人も多いでしょう。

 

そこで、今回は水都学と、そこから学べることを簡単に紹介してみようかと思います。

 

 

水都学とは

水都学とは、先程も言った通り、水と都市との関係を考える学問のことです。

 

水都というと、

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このような水の都ヴェネチアを思い浮かべるかもしれませんが、このようなきれいな都だけでを研究対象とするわけではありません。

もちろん、このような都市も研究対象にも入りますが。

 

どちらかというと今の水都学はメインはアジアの諸都市にスポットをあてている印象があります。

 

このようなヴェネチアのような都市でなくても、基本的に大きな都市にはだいたい近くに川が流れています

東京なら隅田川などがありますよね。

 

もっといえば海の近くに大都市が構えていることも多いです

東京や大阪だってそうだし、中国の上海、シンガポールなど世界中あげたらきりがないですね。

 

なぜ、大都市と水源は切っても切り離せないのか。

それは多くの人が生活するための水源の確保や、他地域との交流や貿易等の移動の便の良さ(今ある大都市は飛行機が発達する前の、船が主要な移動手段であったときに発展したことがほとんどなので)などの要因があります。

 

そのような都市と水との切っても切り離せない関係性を、都市工学や建築学、経済学、歴史学など多様な側面から考え、いくつもの都市を比較していくことがこの水都学の特徴であると言えるでしょう。

 

 

必ずある水の災害

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水と都市との関係において、歴史的に各都市は必ずと言っていいほど水の災害と向き合ってきました。

 

今の日本では都市機能が発達しているから、並大抵の雨では都市機能に被害はでません。

しかし、そのせいで僕たちは忘れてしまっているんですね。

 

自然との共生の大切さを。

 

現代においても洪水は当たり前で、それと向き合っている都市は世界中にたくさんあります。

タイでの洪水などを思い浮かべれば分かるかと思います。

 

水都学とは、人と水害と、自然の脅威と向き合ってきた歴史を学ぶ学問でもあるのです。

 

 

今回の西日本でおこった被害は、本来自然を完全にコントロールすることができないということを思い知らせたものでもあります。

 

今一度、自然との向き合いかたを考える必要があるのかもしれません。

 

その上で、水都学という人と水との向き合ってきた歴史や各地域ごとの在り方を知ることは何かヒントになるかもしれません。

もし機会があれば、もっと具体的な都市に踏み込んで紹介もしてみようかな、と思う今日この頃です。

【書評】イメージとは裏腹に進行する、アジアの高齢化問題~大泉啓一郎『老いてゆくアジア』

本の紹介

今回紹介するのは大泉啓一郎著の『老いてゆくアジア』(中公新書)です。

 

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本書は2007年に書かれた本で、その時点でアジアに少子高齢化の波が訪れていることをアジア開発銀行世界銀行のデータを使って説明します。

日本が少子高齢化問題が言われているのはもちろんですが、少子高齢化のイメージのない韓国や中国といった東アジアやタイなどの東南アジアに、出生率低下による高齢化が訪れ始めていることが判明します。

もはや高齢化は先進国特有の問題はない、ということが主張されます。

 

第2章では、かつて東アジア・東南アジアが劇的な経済成長を遂げた背景にあった人口ボーナスについて説明され、第3章では脱人口ボーナスによる経済へのインパクトについて説明されます。

人口ボーナスとは、簡単に言うと、これまでたくさんの子供が生まれていた国の出生率が低下すると、

①一国の中で生産年齢人口(しっかりと働ける20代から50代の人たち)の割合が増加する(高齢者はもともと少なく、子供世代も少なったため)→労働投入量が増加して経済成長につながる

②子供世代の人口が低下することで初等教育が普及する→生産性の向上につながる

というロジックで少子化が経済成長につながる、というものです。

 

詳しいメカニズムはこちらの記事を参考にしてください。

honkaraasuwotukuru.hatenablog.com

 

 

しかし、少し考えてみればわかりますが、この人口ボーナスはこれまでたくさん子供が生まれていた状態から少子化に変化した20年ほどしかその効果は享受できません(生産年齢人口が増えることはなくなるので)。

そうして人口ボーナスがおこる前にたくさん生まれていた世代がまもなく高齢者となることでアジアに高齢化が訪れていく、というのが本書に書かれていることでした。

そしてその来るべき高齢化の波に備えて誰が高齢化を養うのか、地域福祉の在り方などについて後半で検討しています。

 

書評・感想

少子高齢化は先進国だけの問題ではない」

これ言葉が衝撃的な本でした。

 

僕自身、東南アジアなど何か国か訪れたことがあるのですが正直そのような印象は全く持っていませんでした。実際僕と同じような意見を持つ人もいるのではないでしょうか、「まだまだ若い人はたくさんいるのをこの目で見たぞ」と思う人が。

そこに落とし穴があるというか、この本を通じてわかったのですが、アジアの高齢化の裏に潜むもう一つの現象が若い人たちの都市への集中だったのです。実際東京を考えてみても若い人や働き盛りの人が多くて高齢化という印象はあまり持ちませんよね。

 

つまりアジアでも地方・農村地帯において高齢化が進んでいるのです。

しかもこの本が書かれたのは10年以上前、現在の事態はさらに深刻です。中国やタイでは若者がほとんどいないところもあると言われています。

 

このアジアにおける高齢化は二重の意味の問題をはらんでいると思います。

一つは高齢者ばかりになったアジアはこれまでと違う経済成長のあり方を模索する必要があること、もう一つは高齢者たちをいかに養うか、ということです。

本書でもそれへのアプローチがいくつか紹介されていましたが、もっとこのことに向き合う必要が日本も含めアジアの諸国にあるはずです。

 

個人的には高齢者の介護を外国人労働者の雇用先とする(日本では障壁が高そうですがうまくいく国もある気がします。実際台湾などでは介護サービスに従事する外国人労働者が多いという話もあります)、地方における流通システムの改善などができるといいと思います。とても難しい話だとは思いますが。

 

とにかく、アジアは発展が続いていて欧米にどんどん迫っている、とは限らず必ずしもアジアの未来は明るいだけではなく、その来るべき事態に向けて各々国が、そしてアジア全体でどう向き合っていくのかを考える必要があると感じた一冊でした。

最近話題のインダストリー4.0ってなんだろう?産業革命の歴史からみえてくること

突然ですが、インダストリー4.0って聞いたことありますか?

 

最近よく「~(数字).0」的なやつ耳にしますがこれもその一種ですね。

はやりなのでしょうか。

 

で、このインダストリー4.0というのはざっくり言うと、ロボットやIoT、3Dプリンターなどの技術による4度目の産業革命のことです。

 

4度目ってことはこれまでに産業革命は3回あったということですよね。

まずはその歴史から振り返ってみましょう。

 

 

3度おこった産業革命

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産業革命

これを聞くと高校の世界史を思い出す人もいるのではないでしょうか。

 

ちょうどこのあたりから時代が近代に代わって難しい概念が増えて世界史が嫌になる人もちらほらいた記憶があります。

 

第一次産業革命とはまさにその産業革命のことで、18世紀末のイギリスからおこった機械生産と蒸気エンジンの発明に特徴づけられます。

 

蒸気船の発明は輸送コストと時間を大幅に削減し、モノやヒトの移動もたやすくなりました。

それに伴い、機械による高度な生産ができる国原材料をつくる国の二つに世界が分かれてしまったのです。

ゆえにこの産業革命はとても重要な出来事だったのです。

 

今にまでわたる先進国と発展途上国という枠組みが誕生するきっかけであるともいえます。

 

 

次の第2次産業革命は19世紀末におこります。

電気機械と組み立てラインの生産が導入され、生産の仕組みが大きく変わりました。

これによって重工業の発展が進み、第二次産業革命にいちはやく取り掛かることができたアメリカはイギリスをぬいて世界最大の工業国となるのでした。

 

 

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第3次産業革命は、1990年頃からはじまったいわゆるIT革命です。

 

これは身に覚えのある人も多いかもしれません。

パソコン・インターネットの登場によって仕事の効率は大幅に変わり、情報はかつてないスピードと量で世界を飛び回るようになりました。

 

また、ものづくりのあり方も大きく変わっていったのもこの頃です。

一つの製品を一国内で作っていた時代から、部品の生産や組み立てなどが複数の国に分かれて行われる時代となったのです。

 

例えば、パソコンをひとつとっても半導体ベトナムで、液晶は韓国で、キーボードはタイで、組み立ては中国、なんてことは普通のこととなっています。 

 

 

以上の三つの産業革命が、これまで人類が経験してきた産業革命となります。

 

ではまさに今起ころうとしている、第4次産業革命、インダストリー4.0とはどういうものなのでしょうか。

 

 

AIやロボットによる産業革命

最初にも説明しましたが、インダストリー4.0というのはIoTやロボット、3Dプリンターなどによる第4次産業革命のこと。

 

最近AIによって仕事が奪われるという話題がよくあがりますが、それもインダストリー4.0のうちに含まれるでしょう。

工場では人がいなくてロボットが組み立てている、なんて世界ももうすぐそこまできているのです。

 

そしてインターネットですべてのものがつながり、より多岐にわたるサービスもできるようになっていきます。

 

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 また、3Dプリンターの登場は貿易体制を大きく変えうることになるかもしれません。

 

3Dプリンターは、設計図さえあればどこでもそのつくりたいものをつくれるようになります。

今はまだプラスチックなどに限られていますが、今後作れるものの幅はさらに広がることでしょう。

 

そうなると、わざわざ製品を輸入しなくとも、自国でなんでも作れてしまうので貿易体制は大きく変わってしまうのではないかと思っています。

 

 

最後に:AIで本当に仕事はなくなるか

AIに多くの仕事が奪われる、とよく最近耳にします。

では本当に仕事はそれでなくなってしまうのか。

 

個人的にはなくなったぶん別のかたちで仕事はでてくるんじゃないかなという気がします。

 

honkaraasuwotukuru.hatenablog.com

 

歴史的に見ても、人類は産業革命がおこってこれまでの仕事がなくなる、という場面は何度もありました。

綿糸製造者は紡績機にとってかわられ、工場でものを運ぶ係りだった人はベルトコンベアーにとってかわられました。

 

そしてそのたび一部の人は機械を壊したりして新技術の導入に反対しましたが、結局うち寄せるテクノロジーの波は押し返すことができませんでした。

 

でもそれでもまた時代にあった新たな仕事が生まれてきたのです。

 

そもそも仕事は社会のニーズにこたえるもの。

社会が変わっていくのが当たり前なのに、仕事がなくなって変わっていくのは怖いと考えることがおかしいのかもしれないですね。

 

きっとそれはこれからくるインダストリー4.0の波も同じことでしょう。

 

これから本格化していくインダストリー4.0。

どんな世界が来るか楽しみです。

 

 

 

【書評】ノーベル経済学者の心に響く講演、本当の発展とは~アマルティア・セン『貧困の克服ーアジア発展の鍵は何か』

本の紹介

今回紹介するのはアマルティア・セン著の『貧困の克服ーアジア発展の鍵は何か』(集英社新書)です。

 

 

本書はアジアで初めてノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの講演をまとめたものです。

哲学者でもある彼が考え出した「人間の安全保障」「エンタイトルメント」「ケイパビリティ」という概念を用いながら、これからのアジアが発展していくためには何が必要であるのかということが語られています。

 

専門的な論文ではなく講演をまとめたものであるので、経済を専門に勉強していない人にとっても比較的わかりやすいというのが本書の特徴でもあります。

 

そして、本書に記載された4つにわたる講演を通してアジアにおける経済発展の根幹にあったものは教育等のエンタイトルメントであって、人間的発展こそが重要であるということが述べられます。

 

アジアのこれからの発展のためにも、人が人らしく生きることができるための「人間の安全保障」こそが真に求められるのであり、西欧とはまた異なった「アジア的価値観」をもう一度見直すべきであるということが、わかりやすい具体例や論理を用いながら説明されている本でありました。

 

書評・感想

この本を読んでまず考えさせられたことは、

「本当の発展とは何なんだろう」

ということでした。

 

近年、社会で注目されるのはGDPがどれだけ上昇したか、デフレ脱却のための政策はうまくいっているのか、といったような文字通りの経済発展です。貧困もそういった経済発展のなかにおいて脱却していくべきものとして語られます。

 

しかし、ざっくり言うとこの本における大事なことは人間としてあるべき権利を全うできること。この本を読んでいて感動した部分であると同時に、日々いかにお金というものがあらゆるものの指標になっているかということに気づかされました。

 

西欧の産業革命を期にはじまった近代以降の資本主義というものは、人間として生きていくうえで本当に大事なものを隠してしまうのだなぁ、と。

 

 

センが本当にすごいのは、はるか昔からアジアで大切にされてきた価値観(本書ではインドのアショーカ王の例などの言及していました)を再構築した彼の哲学を経済という分野にとりこんだことなんじゃないかなと思います。

 

世界にまだ残る貧困といった経済的に目に見える問題。現在の日本においても、貧困はほぼなくても経済的不平等は大きな問題です。

給食費をまともに払うことができない家庭も年々増えていると言いますし、富裕層との生活の水準の差は開くばかりです。

 

そんな問題に直面している我々に必要なのは、政府からの補助金を与える、といったその場の生活をしのぐためのものなのでしょうか。もちろんそれが大切であることは否定しません。

しかしそれ以上に、教育をはじめとした人間として発展していくことこそ大事なのではないでしょうか。

 

これはとても難しい問題で、ではそれをどうやっていくのか、それを世界中の一人ひとりが考えていかなければこの先に本当の発展は訪れない、そんなメッセージがこの本にはあるように感じました。

 

本当の発展ってなんだろうか。

 

忙しく様々なことに追われる日々の中で、ふと立ち止まって人間としての在るべき形について考えさせてくれる、そんな一冊でした。

お金の表示価値と本当の価値の違いとは?江戸時代の小判から考えてみた

1円玉から諭吉さんまで、普段当たり前に使っているお金。

何か欲しいものがあるときに必ず必要なもので、今の社会で生きていく上では切っても切り離すことができません。

 

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さて、このお金ですが、お金に表示されている価値(1000円札なら1000円という価値です)と本当のお金の価値ってちょっと違うんです

 

経済学的に言えばマルクス経済学とかまでさかのぼるんですが、難しい話なので今日は控えておきます。

 

 

では表示価値と本当の価値は何が違うのか。

色んな説明の仕方があるのですが、江戸時代のお話からこれを説明してみましょう。

 

 

江戸時代は小判の世界

江戸時代は今とお金のシステムが大きく異なります。

ざっくり言えば、政府の信用に裏付けされた価値によってその表示価値が成り立つのが現代の日本のお金で、一方お金自体が価値を持っているのが江戸時代のお金なわけです。

 

どういうことかと言うと、現代の日本の紙幣、あってただの紙切れだから実際は一万円の価値はありませんよね

でも政府が「この紙切れは1万円の価値として日本の中で通用させていいよ」というから1万円ぶんの価値が裏付けされるわけです。

 

究極言えば、もし日本政府が突然なくなってしまったら、諭吉さんは紙切れ同然となり、カップラーメンひとつすら買うことはできなくなるわけです。

 

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一方で、江戸時代の場合、小判だとか、銀貨だとか、その金属自体に価値があるものが多くなります。

もちろん例外(例えば藩ごとに発行する藩札という紙幣とか)はありますが、金や銀が流通の中心でした。

 

こうなると、政府、つまり江戸幕府が小判自体に価値の保証をしなくても勝手に金貨自体が価値をもっているわけです。

ですから江戸時代がなくなって100年以上たつ今でも小判が高い値段で取引されるのはそういう理由があるわけです(もちろん歴史的価値が上乗せされてはいますが…)。

 

こうやって今のお金と昔のお金を比べてみると、現代のお金って結局バーチャルなものだってことが分かります。

比べることで今がより分かるようになるというのが歴史を学ぶ醍醐味ですね。

 

 

江戸時代から考える日本人のお金に対する考え方

さて、そんな江戸時代ですが、実は「お金に使われる金属材料の価値≠お金の価格」というお金も存在しました。

 

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有名なのは一分銀と言われる銀貨で、一つの銀貨のなかには本当は銀が少ししか使われていなくて、残りの大半はもっと価値の低い金属をまぜてつくられたものがありました。

 

一分銀銀貨に使われた銀の価値の約4倍の価値で流通していたと言います(つまりその銀貨の金属価値としては流通額ほど価値はない)。

これは幕府がその価値で流通させよ、といったからです。

 

しかし、現代ほどちゃんとした金融制度が整っていない江戸時代では、そのような銀貨があれば、貨幣になっていない銀と交換してしまいそうなものです。

 

なぜかというと、例えば、

その銀貨10枚で買えるだけの純正の銀を買う

   ↓       

買った純正の銀を使って銀貨をつくる

   ↓

その銀貨は実際の価値の銀の4分の1の量しか使わず後は安い金属を混ぜて作れるから、大まかな計算で銀貨40枚作れてしまう

 

という銀貨の錬金術ができてしまうわけです。

今の時代は、政府が認めているお金以外は価値を認められないからこういうことはできませんが、昔は偽のお金なんてよく流通していたからこんなことができてしまいます。

 

実際中国ではかつてそのような銀貨の錬金術がたくさん行われ、政府が望む銀貨が流通しない、ということもありました。

 

しかし不思議なことに多少の不正はあるものの、日本ではちゃんと銀貨が流通するんですね

 

その理由には当時鎖国していたから庶民が海外で出回る銀の価値にでくわさなかったら、など様々な説があります。

しかしとにかくこのことからも、日本人はそのものの価値でなく、名目上のお金の価値を信じやすい民族であることがわかります。

 

 

そしてそのことは今現代になってもあまり変わりません。

政府の国債が増えて、政府の信用が足りるものなのか分かりかねることが多くても、日本円の価値を疑う人はあまりいないように思えます。

 

今のお金の本質はバーチャルだ、という感覚をもって生きていくことは何があるか分からないこれからの時代、必要になってくるかもしれません。